音楽の本質を学ぶ(2)
私たちの日常生活は様々な音に囲まれています。静かな部屋の中に居てもちょっと耳を澄ますと、屋外の小鳥のさえずりや遠くで走る車の音、また室内のエアコンの音などが聞こえてきます。海の近くに住んでいる方であれば波の音が聞こえているでしょう。この音は目に見る事はできませんが、私たちの心と体に影響を与え続けています。音とはいったい何なのでしょうか。その音の正体を探ってみることにしましょう。
音は物が動き振動することで生まれます。たとえばハープやチェロの弦が振動し、往復運動を繰り返すことで音は生まれます。また木や手を打つことでも音は生まれ、発声や羊の角やほら貝を吹く事でも音は生まれます。古代の楽器もこの弾く、打つ、吹くの3つが原点になっています。
ハープの弦が振動すると接する空気に圧力の高い部分と低い部分が生まれ、この空気の疎密は周りに広がっていきます。この空気の疎密は波として空気中を伝わり、池に石を投げて出来たさざ波のように広がっていきます。これが音波であり波の頂点から次の波の頂点までの長さは低い音であれば長く、高い音であれば短くなります。音波は空気、木、金属、骨、角、水など、どんな媒体の中でも波として伝わります。しかしその媒体によって伝わるスピードが変わり、空気中では秒速340mで伝わりますが、水の中では秒速1,500mと早くなり、金属や骨など固体の中では秒速5,000mともっと早くなります。
骨伝道と呼ばれる携帯電話もこの骨に伝えることで音のロスが少なく伝道率がよいことを利用したものです。そして骨に加え、約70%が水である体は音が伝わりやすい特徴をもっていることは音でリラクセーションやヒーリングを行う上で重要な意味を持っています。つまり体はいい意味でも悪い意味でも音の影響を受け易いということなのです。
音の振動する往復運動1周期分を1サイクルとし、1秒毎の往復運動の数を周波数と呼び、この周波数はヘルツ(Hz)という単位で表され、1ヘルツは1秒毎に1回振動する音です。
自然界にある音は1ヘルツから数百万ヘルツまでかなり広い帯域に存在すると言われていますが、私たち人間には20ヘルツから20,000ヘルツまでの限られた帯域の振動しか「音」として感じ取ることができません。20ヘルツ以下の音は耳では聞こえませんが、体に感じる空気の震えとして感じる場合があります。また高い周波数の音の可聴領域の限界は加齢とともに下がり、老齢になると1万ヘルツ以上の音はだんだん聞こえなくなってきます。そして私たち人間が一番聞き取りやすい音の周波数は500ヘルツから4,000ヘルツと言われています。
女性の話し声の高さは平均250〜330ヘルツ、男性の声は平均90〜130ヘルツと言われています。ピアノの88の鍵盤は低いA(ラ)の音から高いC(ド)まで10オクターブあり現在のピアノは27.5ヘルツ〜4,186ヘルツの周波数でチューニングされているそうです。ラジオの時報の音は440ヘルツ(ラ)と880ヘルツ(ラ)の2つの高さの音で構成されています。
人間に比べ動物たちの可聴範囲は広く犬は15〜50,000ヘルツ、猫は50〜65,000ヘルツ、イルカは100〜150,000ヘルツの音まで知覚することができると言われています。人間には聞こえない音も犬や猫たちは聞いているわけですね。そして自閉症の子供達がイルカと一緒に泳ぐことで症状が改善するドルフィンスイミングもイルカが発する高い周波数の音が子供達の耳には聞こえなくても、脳に刺激を与え、そのことが閉ざした子供達の心を開く理由だと言われています。
私たち人間が音として知覚できる範囲での高い周波数3,000ヘルツ〜4,000ヘルツの音も脳を覚醒する帯域です。小鳥のさえずりや小さな鈴の澄んだ音はこの周波数帯域の音であり朝の眠った脳を覚醒し目覚めを促すのに効果があります。
人間の全身は高い音は頭に共鳴し、低い音は体に響くようにうまくできています。映画「タッチ・ザ・サウンド」で話題になり聴覚障害でありながら2度もグラミー賞を受賞したイギリスのパーカッショニスト「エヴェリン・グレニー」は自分の演奏する音と伴奏者の音を確認する方法として自分自身の体に伝わる音の振動を使い「私はマリンバを演奏するとき、低音は床を通じて下半身で、中音は胴体で、そして高音は頭部で感じる」と説明しています。余談ですが、マリンバの楽器はローズウッド(紫壇)でつくられます。高い音の鍵盤はローズウッドの木の上の高い位置の部分を使い、低い音の鍵盤は木の下の方の低い位置の部分を使います。そして満月の夜に感謝の祈りとともに楽器として伐採されるのだそうです。
頭に共鳴しやすい高い周波数の音は脳を活性化し、意識を覚醒するのに効果があると同時に緊張や注意を促すのにも役立ちます。一方、体に共鳴しやすい低い周波数の音は緊張した体を弛緩させるのに効果があり体を内側から緩ませることができます。また感動や陶酔感をもたらします。特に150ヘルツ位から下の低い音は耳で聞くより体で感じ易く、低い太鼓の音やチェロの低い音などが得意とする帯域です。宮沢賢治の童話「セロひきのゴーシュ」ではゴーシュの弾くチェロの低い音の振動が野ねずみやうさぎのからだに伝わり、血液の流れがよくなり病気が自然に治ったという、音を使ったヒーリングの原点のような説明がなされています。
音によるヒーリングの原理は共鳴であり、音波が体の中に入ると生きた細胞の中で共振が起こり、体の組織の修復や活性化に効果があると考えられています。体の組織は水が多く含まれており音が伝わりやすい構造です。そして体はすばらしい楽器であり、オペラ歌手も体が共鳴体としても役目を果たし、音を大きく響かせることができるのです。特に骨はケーナ(南米の笛)の楽器に使われるくらい密度の高い素材であり、良い音を響かせることができます。小型体感音響機器などを使って体の骨に音を伝えると体全身が音で共鳴します。
スーフィームーブメントを起こし「音の神秘」の著者であるハズラト・イナヤート・ハーンは音の影響に関して「音のもつ物理的な作用は人体にも多大な影響をおよぼしている。筋肉も血液循環も神経も、人体のあらゆるメカニズムが振動の力によって作動しているからだ。すべての音に共鳴があるように人体も生きている音の共鳴体であり・・自然に発声された声の調子にはすべて、その人自身を癒す力があり、自分を癒す声で歌をうたえば、それが他者を癒す力にもなる」と述べています。
体の中の70%の水は音を伝えやすいという性質に加え、情報を記憶するという性質も持っています。「水からの伝言」江本勝著に紹介された音楽や言葉の情報を水が結晶の形で記憶し示してくれていることでもわかります。
健康を害する要因が食生活のアンバランスと運動不足そしてストレスだと言われていますが、生活習慣病を予防し、輝いた人生を歩むためにもこの「ストレス」が大きな課題といえるでしょう。ストレスはカナダの生理学者ハンス・セリエ博士によって学説として提唱され、現在のような一般用語になりましたが、ストレスそのものに問題があるというより、そのストレスをストレスと受け取る側の心の問題であるとセリエ博士は言っています。そしてこのストレス(ネガテイブな体験)を私たち人間は経験すると心の深いレベルの潜在意識にインプットし、記憶し、同じ経験らしきものを体験するとまたその記憶を引き出し、それをまた記憶するという悪循環を続けていると言われています。
最近の医学系の研究者の中からストレスの記憶は脳のシナプスではなく、脳内の水に書き込まれている、脳神経細胞やその周囲の水に記憶されているのではという学説を聞くことがありました。水の一滴一滴がメモリーチップの役割を果たしていると考えられるそうです。そしてこの水のチップに記憶されたネガテイブな情報をデイレートし、書き換えることができれば病気は減り、人はもっと生き生きと生きられるという理論です。この学説が正しいとするならば、調和した音の振動と響きは間違いなく心の深いレベルのネガテイブな情報を調和したポジテイブなものに書き換えることに貢献できると著者は信じています。将来もっと生命と水の関係が明らかになればなるほど、この学説も明らかになることでしょう。
音は振動であり波動ともいえます。波動とは波のような動きのことであり、物理学では「空間的にも時間的にも変動する場の運動」を波動といっています。
すべてのものは波動であり振動していると科学者たちは説明していますが、音のようにゆっくり振動しているものもあれば、電波や光のように波長が短く、振動数が多く早い振動のものまでさまざまです。そのいずれの波動も私たちの健康に何らかの影響を与えています。そして人間が五感で知覚できる帯域はごくかぎられています。1秒毎に20回〜2万回の振動を音として知覚することはできますが、760万回〜900万回振動するFMのラジオ電波はラジオ受信器がなければ知覚できなくなります。4,600万回〜7,700万回振動している地上波テレビの電波も同様です。
しかし音の何オクターブも上の光と色彩の振動になって私たちは目で知覚することができようになります。1秒毎に405兆〜480兆回振動している赤や、530兆回〜580兆回振動している緑、そして700兆回〜790兆回振動している紫は光の色として見ることができます。しかしその上の790兆回以上早く振動する紫外線やX線はまた知覚する事ができなくなってしまいます。
そして私たちの心を司る脳の前頭葉は10の30乗以上で振動し、全身の60兆の細胞を調整する自律神経系を司る視床下部は10の40乗以上の早さで振動していると言われています。五感を越えた第六感も振動していることを科学が捉え始めたと言えるのでしょう。
「精神と身体は別個の実体であり、たがいに影響を与えあうことはない」と17世紀にルネ・デカルトが提唱した「物心二元論」が、21世紀の科学によって「一元論」にもどろうとしているのでしょうか。
西洋医学における心と体の統合性の認識は「真に病気を治すのは内なる自然の力である」といった紀元前4世紀のギリシアのヒポクラテスまでさかのぼります。それから200年後のピタゴラスも「分けることのできない完全な全体として患者を診るときに、病気の治療はもっとも有効におこなわれる」と考えていました。
このすぐれてホリステックな人間の心身に対する認識は17世紀まで一般的常識として捉えられていました。そして現代において健康や生きがい、ロハスなライフスタイルを考えるとき、心が与える体への影響は無視することのできない大切な要素でしょう。音は心をやすらげるだけでなく体へも振動としてプラスの影響を与えます。生き生きと輝いて生きる人づくりや健康増進のためにも安らかで力のある音の活躍を期待して止みません。